BENTOSUMMIT
きほくラブめしメガ盛り祭
銚子川エリアトレッキングMAP
きほくでスポーツ
きほく倶楽部
きほくふるさと体験塾
ペットと泊まれる宿

紀北町を堪能するコンテンツ

きほくのたび
紀北町観光協会モバイルサイト

上記QRコードをカメラで読み込むか、http://www.kihoku-kanko.com/m/ に携帯からアクセス!

紀北町観光協会
〒519-3204
三重県北牟婁郡紀北町
東長島2410-73
TEL 0597-46-3555
※電話番号をよくお確かめのうえ、お掛け間違いのないようご注意ください
FAX 0597-46-3556
mail info@kihoku-kanko.com

島勝浦&白浦

  • 島勝浦魚見小屋
  • 島勝浦
  • 白浦

魚見小屋から熊野灘を望む

 魚見小屋は漁場が一望できる岬に建てられた小屋です。ホテという団扇のような形の道具で浦人に合図をしていましたが、無線機や電話が普及して役割を終えました。平成15年に島勝浦の有志によって小屋までの道が整備され、訪れやすくなりました。

弁天堂

②■弁天堂■
弁才天は、七福神の一員で、本来はヒンドゥー教の女神サラスヴァティーという水辺の神様です

魚見小屋

①■魚見小屋■
風雨に耐え、今もそこに建っています。見張りの人が長い時間を過ごした場所です。登り口から約1時間で着きます。

和具の浜海水浴場
けいちゅう

④和具の浜海水浴場(上写真)

平成15年7月、和具の浜海水浴場がオープンしました。穏やかな入り江にある砂浜の海水浴場です。魚見小屋登り口は和具の浜駐車場にあります。

⑤けいちゅう(左写真)

自然体験型イベント交流施設けいちゅうは、廃校になった桂城中学校が利用された宿泊施設です。体育館もあります。

けいちゅう

魚見小屋周辺の植物

魚見小屋周辺は海に接した温暖な山地です。植物観察も一つの楽しみ方です。左写真は、カゴノキで、漢字で書くと鹿子の木です。木肌の模様が鹿の子に似ているという意味です。



島勝浦漁港の風景

 島勝浦は、古くから船が入港し船宿もあり栄えました。明治30年引本浦から分離して島勝浦と白浦で桂城村が成立し、昭和29年に合併するまで続きました。漁業の盛んな島勝浦は、明治32年からブリ大敷が始められ、熊野灘3大漁場として知られました。

島勝浦漁港

⑥■島勝浦漁港■
左に赤灯台、右に白灯台があります。釣り人も多く、堤防からカサゴ、アジ、カワハギ、アオリイカなど狙えます。

嶋勝神社

⑦■嶋勝神社■
嶋勝神社樹叢は県指定文化財です。珍しいビロードムラサキも見られます。10月には、かます祭りが行われます。

安楽寺

⑧■安楽寺■
県指定文化財の木造薬師如来坐像、町指定文化財の銅鐘、宝篋印塔があります。

安楽寺宝篋印塔

■安楽寺宝篋印塔■
夢総国師の塔と言われます。夢総国師は1275年生まれの禅僧で、船旅の途中安楽寺に立ち寄ったと伝えられます。

絶景スポット

船越海岸

⑨船越海岸(上写真)

船越海岸公園は、展望台、トイレ、駐車場が整備されています。

天満洞

⑩島勝の海食洞門『天満(てんま)洞(どう)』(左写真)

県指定文化財で船越海岸から見られます。熊野灘の荒波によって浸食されてできた、直径約20m、奥行約30mの洞門があります。

白浦

 白浦は、かつて鯨の漁場であり、古式捕鯨を再現する「大白祭」や「母子クジラの伝説」が残されています。地名の由来は、熊野の沿岸には百の浦があり、その中で白浦は好漁場で代表的な一浦であるという意味で、百から一画を削除して、白としたそうです。

常林寺

⑪■常林寺■
不動明王立像、薬師如来坐像、毘沙門天立像があります。いずれも町指定文化財で、木造、平安時代の作です。

大白神社

⑫■大白神社■
大白神社樹叢は町指定文化財です。上里の松場氏の先祖が、大白浜で見つけた御光のさした木の株が御神体といわれます。

中川利吉氏之像

■中川利吉氏之像■
中川利吉氏は、白浦出身の事業家です。中川電化産業㈱初代社長、白浦漁業協同組合長などを務めました。

中川会館

⑬■中川会館■
昭和62年7月1日、中川電化産業㈱から町に寄贈された建物です。断崖に建てられています。

散策最適地
大白公園

散策最適地

⑭大白公園

海の隣に、大白池を周回する2200mのウォーキングコースがあります。テニスコートや遊具もあり、大人も子供も楽しめる自然環境に恵まれた公園です。また、「母子クジラ」という民話を題材としたレリーフ(左写真)が堤防前面に描かれています。

腹子持鯨菩提之塔

(はらこもちくじらぼだいのとう)

⑮腹子持鯨菩提之塔

(町指定文化財)

白浦の入口に建てられており、正面に「南無大慈大悲観世音菩薩」と刻まれています。また、刻まれている日付は宝暦八年(1758年)で江戸時代中期です。昔、常林寺の和尚が夢で美しい女性に会い、その女性に、私は母鯨の精で、これから近くを通って子を産み

にいくが、見逃してほしいと頼まれました。和尚は村人に伝えたが、村人は子持ち鯨を捕らえてしまいました。それから海が荒れたり、病気が流行したりしたそうです。そこで、菩提之塔を建て供養すると、不吉な出来事は起こらなくなったそうです。

このページのトップへ