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紀北町観光協会
〒519-3204
三重県北牟婁郡紀北町
東長島2410-73
TEL 0597-46-3555
※電話番号をよくお確かめのうえ、お掛け間違いのないようご注意ください
FAX 0597-46-3556
mail info@kihoku-kanko.com

紀北町の今と昔

平成23年、この紀北町で20年に一度の遷宮のお祭りがありました。紀伊長島区にある長島神社の御造営、それは長島の浦人たちに永く親しまれている神社のお祭りなのです。

紀北町観光協会の今回の特集は「紀北町の今と昔」にスポットを当ててお送りしようと思います。紀北町の語り部たちのお話や懐かしい写真、昔から続く老舗の紹介とともに、紀北町の「古き良き時代」を一緒にのぞいてみませんか?

紀伊長島区編

紀伊長島の生き字引に聞く「魚まちってこんな町だった!」

▲久保幸夫さん
紀伊長島区・魚まちの生き字引

紀北町紀伊長島区の漁師町、通称「魚まち」に住む久保幸夫さんは昭和3年に魚町で生まれた長島っ子。魚まちのことなら知らないことはない。また、郷土史に詳しく、まさに長島の生き字引と言われている方です。今回はそんな久保さんに昔の魚まちの様子を尋ねてみました。

「僕が小さい頃はまだ水道も通ってなかったし、井戸を掘っても海水しか出なかったので、魚まちにある「岩の壺(いわのこ)」という場所に毎日水を汲みに行ったものです。ここの水はのど越しがよく旨い。コーヒーや抹茶を淹れると最高です。地元の人にとってはこのような真水が湧き出る場所は貴重だったので、自然と水神さんの信仰も盛んでした。御木曳の時に唄われる『水道ひけても、忘れちゃならぬ。岩の子良い水、美味い水』とはよく言ったものです。平成16年の台風の時に何日も水道は濁った水しか出ず、スーパーのペットボトルの水も売り切れ状態が続いた時にも、この岩の壺の水は清廉そのものだった。まさに長島の人間にとっては命の水ですね。」

「まだ僕が小さかったころは銭湯が全盛の時代。僕も子供のころ銭湯の湯沸かしなんかを手伝っておこずかいをもらったものです。その時は一日働いて一銭。一銭であめ玉が3つ買えた時代でした。僕が働いていた銭湯には浜口熊巌氏もよく入りに来ていましたよ。また、平岩町(魚まち地区の一区画の名前)は昔は遊郭街だったので、そこで働いていた女性は早い時間に湯を浴びに来て仕事に備えていました。」

半世紀ほど前には町役場も病院も警察署もあり、まさに町の中心部だった魚まち。当時と多少は様子が変わってしまったが、今でも町を歩きながら回りを見渡してみると、昔あったお店の看板を見つけることも多い。あなたも当時の様子を想像しながら魚まちを歩いてみてはいかがですか。いつのまにか昔の漁師まちにタイムスリップしているかも?

紀伊長島に続く伝統の老舗を直撃!代々受け継がれた味を紹介

▲万両寿し玄関写真
万両寿司3代目の今田信弘さん。
祖父の代から受け継がれる味を守る。

紀伊長島駅前に店を構える「万両寿し」。ここは創業1950年の、紀伊長島区で最も長い歴史を持つ飲食店のひとつです。3代目の現店主、今田信弘さんに紀伊長島と万両寿しの今と昔を語ってもらいました。

「もともとうちはかつぎ屋さんに寿司を卸していたんです。かつぎ屋さんというのはかごを担いで商品をいろいろなお店で仕入れて売り歩いたり、汽車に乗って遠くのまちへ売りに行く方のことです。当時は新宮―松阪を結ぶ汽車が主な交通手段で、汽車には沿線の特産品を積んで売買する方が多かったんです。ここ紀伊長島からは魚や干物を積んでいました。そこにうちの商品も入れてもらっていました。」

「そのようなことから、当時から遠方の情報はよく入っていました。遠くのお客さんの話を聞いて、当時長島では売られていなかったさんま寿司や恵方巻きなどの商品をいち早く取り入れたりもしました。今ではさんま寿司などはこの地方で当たり前に店頭にならびますが、昔は家庭でしか食べられていなく、商品として考えられていなかったんです。」

「今でもお客さんが驚いたり、喜んだりするような様々な新商品を開発しています。手軽に食べられるようにカップに入れてミルフィーユ状に具材を重ねたお寿司なども、きいながしま港市で販売しています。さんま寿司も昔からの伝統を守りつつ、お客さんの好みに合うように常に試行錯誤を繰り返しています。紀伊長島にはうちのほかにも面白い場所やおいしいお店がたくさんあるので、いろんな場所をまわりつつ、万両寿しにも足を運んでくれたらうれしいですね。」


さんま寿司
万両寿し特製のさんま寿司。甘酢に漬け込んだネタとシャリとの絶妙なバランスが人気でリピーターが多い。あぶったさんまがネタになっている「焼きさんま寿司」も人気

伝統を守りつつも新しいことにも挑戦する店主の今田さん。これからもお客さんを驚かせ、喜ばせるお寿司を作ってほしいものですね!

※万両寿し

住所三重県北牟婁郡紀北町
紀伊長島区東長島173
電話0597-47-0394
営業時間6:00~18:00
定休日年中無休


万両寿しはきほく倶楽部加盟店です。
きほく倶楽部について詳しくはこちら

長島神社の伝統の祭り「御造営」

▲平成3年の前回の御木曳の様子
町は鮮やかに彩られ、活気が伝わってくる。

街中に鳴り響くお祭囃子、ところ狭しと並ぶ提灯、ハッピを着て勇ましい掛け声を上げる町人―。20年に一度の「長島神社御造営祭」は紀伊長島区西長島の人々にとって特別な意味を持つのです。巨大なクスノキとともに静かに町を見守る長島神社は、このお祭と共に新しく立て替えられます。お祭は5月と11月の2回に分けられ、5月のものは「御木曳」と呼ばれ、神社立替のための木を町内の赤羽地区三戸から切り出し、街中を練り歩きながら神社に収めます。そして11月に立て替えられた神社を奉納するのが「奉祝祭」です。前回行われたのは1991年(平成3年)で、この年は湾岸戦争やバブルの崩壊など激動の年でした。

いつの時代も町人を元気付かせるお祭。これからも長島の伝統としていつまでも続いてほしいものです。

海山区編

▲現在の相賀
(渡利より役場本庁方面)

昭和29年に引本町、相賀町、船津村、桂城村が合併して海山町が誕生しました。そして、平成17年には紀伊長島町と合併して紀北町海山区となりました。人口は、昭和29年には15,921人であり、平成15年には9,963人でした。ちょっと昔の海山区は、人口が多くて漁業など産業も盛ん、祭りも大いににぎわった時代でした。今回は古き良き時代の海山区を調べてみました。

子供の頃の思い出 柴田洋巳さん

柴田洋巳さんは海山区上里で育ち、大学入学を機に上京、その後も東京にある建築設計事務所で働きました。東京で暮らす間も故郷である紀北町で過ごした小さいときの思い出や、美しい自然を愛する気持ちは消えませんでした。平成15年に退職と同時に故郷に戻り、それ以後は熊野古道客のおもてなしや、熊野古道の保存活動をしています。そんな柴田さんに子供の頃の思い出を語っていただきました。

柴田さんが子供の頃は、どこの家庭もたくさんの子供がおり10~20人の集団で遊んでいました。テレビもない時代ですので、チャンバラごっこ、カンカン蹴り、山芋掘り、シイの実拾いなど、夏には六尺ふんどし姿で川遊びをしました。高校生の頃は町内各地の盆踊りに自転車で行き、踊り歩いたそうです。驚くのは、相賀の盆踊りで朝まで踊り明かして一番列車で帰ったとか、活気が伝わってくる話です。

▲柴田洋巳さん
自宅にて思い出を語る

そして、当時の生活を伺うと、冷蔵庫が氷を入れるだけの冷却で、引本の製氷会社が配達してくれていたとのこと、そして、一番の楽しみはアイスキャンデーを食べる事だったそうです。興味深い話を聞かせていただきました。

一冨士

▲一冨士‐昭和30年ごろのお店の様子。
当時は引本港に店を構えていた。

海山区相賀の一冨士は、かつて引本に店を構えていました。当時の引本は漁業で栄え、地元の漁師のみならず、四国のカツオ船が寄ったりしていたそうです。飲食店はそうした海の男たちで賑わいました。現在の一冨士は白石湖に近く、渡利カキ料理が味わえて評判です。山の養分が流れ込む川の水と海水が混じる白石湖で育った渡利カキはうまみが詰まっていて、一冨士ではカキのフルコースや握りで味わえます。他にも素材にこだわったお造りやお寿司などの料理が提供されています。店の雰囲気も素敵でカウンターには尾鷲ヒノキの一枚板が使われ、器も素晴らしく有田焼が使用されています。

※一冨士

住所三重県北牟婁郡紀北町
海山区相賀1992-8
電話0597-32-0250
営業時間11:00~14:00 16:00~22:00
定休日月曜日


一冨士はきほく倶楽部加盟店です。
きほく倶楽部について詳しくはこちら

海山郷土資料館

明治43年に松永家別邸として建築され「向栄館」と名づけられました。昭和25年には、船津村に寄贈され、村役場や結婚式場として使われていた歴史があります。昭和55年からは郷土資料館として利用され、古文書や産業機具、明治維新の頃に約三年間だけ小山地区で生産されたという小山焼など多数展示されています。そして、平成16年には文化庁により国の有形文化財(建造物)に登録されました。また、町内各地に自生する100余種の樹木が植えられ、季節ごとに花が咲き、庭園を彩ります。

所在地三重県北牟婁郡紀北町海山区中里96
電話&FAX0597-36-1948
開館時間9:00~16:30 休館(月・祝)

参考資料
「目で見る 尾鷲・紀北の100年」 郷土出版社
「写真集  あの日 あの頃」   紀伊長島ふるさと懇話会
写真提供(敬称略)
平成3年御造営横町組
一冨士
取材協力(敬称略)
久保幸夫
柴田洋巳
執筆
西尾寛明
立花圭

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